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第18回 ストラテジック・インサイト・セミナーのご報告 2011年(冬)

2011年2月9日

青井倫一教授より、「リスクのマネジメントとはリスキーな!」というテーマで退職記念最終講義を行っていただきました。以下のその要約です。

「リスクマネジメントとはリスキーな!」

1. アミューズ(プロローグ)

リスクの定義についてはバーンスタインの「リスク 神々への反逆」での定義がビジネスの世界では一般的である。しかし不確実性の中での意思決定では、その選択の結果を議論する事より選択の品質を議論する事が重要であり、分かりやすい説明で安心し、あるいは安易な仮定をおいて行動を変えないということ自体のリスクの認識が必要である。

2. MEはリスキー? いやシュレイファーの訳本!

MEはKBSでも、落第の原因になりやすいという点で会計管理や財務管理と並んでリスキーな科目と言われてきた。シュレイファーの訳本の分かりにくさ(これを算数の問題ととらえるか国語の問題ととらえるかで違った結果を生むという話はさておいて)はあるが、「問題を分析して個々に分析して統合する。」というプロセスを“機械的”に行う“スマートチョイス”の一つのアプローチとして、デシジョン・ツリーがある。将棋の羽生名人の決断も、デシジョン・ツリーに共通するものがあり、不確実な時代においては、”桐一葉、落ちて天下の秋を知る”的な洞察力に頼ったり、熟考を重ねると言っているよりも、確率分布という言葉で経営を考えてみてはどうだろうか。

3. デシジョン・ツリーの危機 ニューロエコノミクスの挑戦

ニューロエコノミクスとは、京都大学の美馬氏によれば「経済学、心理学、神経科学の三つの学を統合して人間行動(特に「非合理的」とされる側面や感情・情動に関わる側面)を理解する一般理論を作ろうとする考え方」である。プロ棋士の直観について脳科学の分野から解明が進み始めているが、脳科学の進展が意思決定理論に大きく影響するようになるには、まだ時間がかかると見ている。実験や計測の作業は進むがそれらをどう統合するか、という点に課題があると考えるからである。しかしこの分野の進展はリスキーにエキサイティングかも。

4. リスク社会の到来とリスクマネジメント

心肺蘇生の確率はあまり高くないのにAEDの設置など医療資源が多く割かれている事実をどうとらえるか。科学的な有効性という評価をすべきではなく、”死に逝く人”に社会の一員として尊重していることを示す社会的儀礼をとらえるという考え方があるが、いずれにしても人の命がかかわる問題は難しく、割り切らざるを得ないことが要請される。ウルリッヒ・ベッグによれば、20世紀は富の生産・配分が関心事であったが21世紀はリスクの定義、生産、分配が主題であり、統計的認識とリスク感覚のギャップがある事からも分かるように、リスクは専門家が指摘しないと分からない“専門家の時代”。

5. 日本は現在窮乏将来繁栄?

競争優位が簡単に模倣されないためには、非定形性(文化・歴史)、非移動性(日本の土地、土、空気、自然)が求められる。これからの日本は、技術が移転し易い工業製品の良さにこだわり過ぎずに、農業やレストラン事業に注目すべきであろう。その際フランスのワインビジネスやレストランビジネスの戦略は参考になる。また、ANAを立ち上げた男たちのストーリーから、政府に頼らない戦略と企業価値は意思決定する際のトップ・組織の価値観である、という点を学ぶ事が出来る。戦略と選択においては、経営スタッフは戦略の選択肢の多様化(機会費用のアップ)を目指し、トップはそれらの中からトレードオフを考慮して選択する能力が必要であるが、勘のいいスタッフはトップの耳触りのよい選択肢のみを出してくる点でトップの選択能力を退化させ、結論を急ぐトップも、トップの好みそうな戦略のみを選択肢に挙げるようになってしまう点でスタッフの戦略想像力を退化させる点に注意が必要である。今の日本社会においては、経済成長帝国主義を生きてきた経営幹部と下り坂社会を生きると思われる若い世代との世代間格差があり、目を世界に転じれば21世紀も希少資源(原油とピュアウォーター)をめぐる争いが続くと言われている。過去の成功体験に縛られていると、「金槌しか持っていないと全てが釘に見える。」というようなことになりかねない。肝心なことは不確実な環境において知るタイミングと決める能力が求められている事であり、“落ちるところまで落ちる”前に動き、パラシュートを持ちながら飛行機に乗ることが必要である。要は確率分布全体を考えながら攻めながら守る事であり、戦略とは“賭ける”ことである。

6. KBS:現状維持はリスキー?

ビジネススクール市場としてアジアは有望である。KBSの競争相手は中国、韓国、香港、シンガポールにあり、若い世代の日本人がKBSではなくそれらの学校を選択するようになると、KBSはこのままでは危ない。規模が小さいと実験が出来ないという問題は抱えているが、また顧客より半歩先を進んだサービスを提供でき続けられるかどうかが大切である。一つのシナリオとして、「HBR+HBS+マッキンゼー、BCG」といった複合モデルを創る。」ことも考えられる。いずれにしても、課題はKBSの強みの源泉である卒業生(ストック)を経営資源としいかにフロー化できるかどうかにかかっている。

7. 年号は慶應から明治に

明治大学に移ってから手掛けていきたい事は、(1)ファミリービジネスの研究、(2)堺商人はなぜ没落したかの小説家的アプローチ、(3)ニューロエコノミクスの再勉強、(4)アジアでのビジネスの研究(China,Korea,Japan)、(5)日本人は長編小説を書けるかの研究、(6)カジノビジネス、などである。最後に35年間のKBSの私への忍耐に感謝して、プレゼンテーションを終わりとしたい。

青井先生のご講義は、これまでのリスクマネジメントについての概観と今後の行方、さらには日本経済およびKBSに対する提言に至る、幅広い内容ながら具体的な示唆に富むものでした。実際に会われた方のコメントやエピソードを随所に交えて興味をひきながら、時折シニカルなコメントを加えて笑いをとる、まさに“青井節”の真骨頂を拝見させて頂いたと思います。これまでKBSでご指導いただいた御恩に感謝申し上げるとともに、これからの益々のご活躍をお祈り申し上げます。